YGGオーナーズクラブ
1987年 (1歳時)
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カタログコメント
〔母系〕明治41年イギリスから小岩井牧場が輸入したエスサーディーの子孫は数々の優駿が出て繁栄している。シンザンのライバルのウメノチカラ、オークス馬コマミノルもこの血統である。特に本馬の曽祖母ミスキンカからは、チェリーリュウ、リンドプルバン、スリービート等牡馬の活躍馬が出ている。本馬の兄姉たちも競走年令に達した3頭は、公営C1のゴールドニセイを含み全てが勝ち上がっている。〔配合〕マルゼンスキーの場合、大柄に出た牡馬は走る確率が高い、ホリスキー、スズカコバン、ニシノスキー、サクラトウコウ等がその例で、特に母の父ナディアはタフさが売り物。〔特徴〕頑丈なナディアの血が入って、脚部不安に悩まされるマルゼンスキー産駒の弱点をすっかり解消した。 〔タイプ〕菊花賞型 〔予想体重〕500㎏ 〔評〕マルゼンスキー産駒の欠点は、体型に伸びがないところだが、この馬は実にのびのび出来ていて、スピード感に溢れている。 | |||||||||
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募集当時の売れ行き
1988年9月29日に美浦・加藤修甫厩舎に入厩。暮れの中山を目標に、併せ馬で時計を出すと常に先着といった具合で、美浦の調教スタンド3階の記者席からも「これは大物」との声も聞かれていた。当時、デビュー前から調教に騎乗していた中舘騎手は「乗っていてバネの強さを感じます。こちらの指示に対する反応も素早くレースへ行った時の感じとしてはアサヒエンペラーの様かなと思います」と。また、慎重なことで知られていた加藤(修)調教師も「追う度に時計が詰まってくるね」とコメント。12月24日 新馬戦こそ3着でしたが、続く2戦目に勝利を挙げると、その後は芝・ダートに関わらず、中長距離路線で活躍し、5歳で出走した天皇賞(秋)では2着に好走。8歳の秋に、調教中に急性心不全を発症し、関係者やファンに惜しまれる死を遂げました。
(ブルーインベスターズ)
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獲得賞金
4億8,849万円 主な戦績 1991 目黒記念(GⅡ) 優勝 1991 金杯(東)(GⅢ) 優勝 1991 天皇賞(秋)(GⅠ) 2着 1990 フェブラリーH(GⅢ) 優勝 1990 ガーネットS 優勝 1990 神無月ステークス 優勝 1990 アンドロメダS 優勝 |