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2019-08-24現在データ
HOME > ノウハウ読み物 > 【馬体の見かた講座】67.なぜ社台ファームは坂路を「つくり直した」のか~吉田哲哉氏インタビュー前編
馬体の見かた講座
馬を見る上での考え方から各馬体パーツの基本、種牡馬毎の特徴、専門家へのインタビューも
治郎丸敬之 著 / 連載中

なぜ社台ファームは坂路を「つくり直した」のか

吉田哲哉氏インタビュー 前編
日々サラブレッドと向き合いながら、馬を見ることを仕事としている競馬関係者の方々へのインタビュー。今回は、社台ファーム副代表で、社台レースホース代表でもある吉田哲哉さんの登場です。同クラブは現3歳世代の勝ち上がり率が5月時点ですでに前年世代を上回り、全クラブトップを争う位置につけるなど、堅実に成績が上向いていることから、お話をうかがう機会を頂きました。

前編である今回は、最近リニューアルした社台ファームの坂路コースを題材に、坂路が馬におよぼす育成効果についてお話をうかがいます。経営的視点から、ふだんのインタビューとは少し趣が異なるお話が聞けそうです。また次回の後編では、せっかくですので今年の新規募集馬を、実馬を交えて哲哉氏自ら解説頂く予定です。

社台ファームの綺麗に手入れされた庭園の木々の間を抜けていくと、黄色に黒の縦縞模様の勝負服を着た人形が私たちを迎えてくれました。アメリカの牧場に来たのかと錯覚してしまったのは、吹き抜けるような空の広さゆえでしょうか。事務所を訪れると、吉田哲哉さんがジーンズ姿で颯爽と現れました。若きパワーに溢れ、初対面のときからそうでしたが、人との間に壁をつくらない人懐っこさと実直さを兼ね備えた人柄が伝わってきます。今回は貴重な時間を割いて、インタビューに応じてくださいました。

吉田哲哉さん プロフィール

社台レースホース代表、社台ファーム副代表。社台ファームの次世代リーダーとして陣頭に立ち改善を進める。社台ファーム代表である吉田照哉氏の長男。(社台レースホースは社台サラブレッドクラブの馬主名義クラブ法人)

― 昨年末に中山競馬場で初めてお会いしたときは、相撲など競馬とは関係ない話ばかりしましたが、今回は私も一人の一口馬主として、真剣にお話しを聞きにやってきました(笑)。社台ファームと、これから募集開始されるクラブの1歳馬たちについて教えてください。

まずは現時点(取材時点5月22日現在)において、現3歳世代の勝ち上がり率が44%とクラブ別の首位に立ちました。



吉田哲哉氏(以下、吉田) ありがとうございます!素直に嬉しいです。どの馬にも会員さんがついてくださっていますので、最初の大きな目標として、まずは勝たせていかなければならないと常に思っています。勝ち上がることで次につながりますし、社台サラブレッドクラブはいいなと思ってもらえるのではないかと考えています。


― 社台サラブレッドクラブのような規模の大きいクラブで、昨年の勝ち上がり率を5月末の時点で超えているのは、驚異的な数字だと思います。要因はなにかありますか?


吉田 これというひとつの理由は思いつかないのですが、クラブに良い馬を集めているからではないでしょうか。つまり、これだったら走るだろうという馬をクラブに入れていますし、毎年試行錯誤しながらもきちんとオペレーションを回しているからこそ、このような結果につながったのだと考えています。世代全体の成績は種牡馬の偏りなどによって左右されてしまうこともあり、なかなか人為的に操作できない部分も多いため、ここが効いたとか、こういう理由だったと簡単にお答えできないのが正直なところです。


2歳の夏に思ったほど使えなかったといった反省材料もあることから、今は調教師さんとの入厩に関しての意思疎通を強めていますし、牧場での育成に関しては、坂路施設も大きく変わり、肉体的にもさらなる負荷を掛けられるようになりました。やりすぎてもいけませんが、もう少し攻めてみてもいいのではないかと今は考えています。

坂路を「つくり直した」理由

― さらに使い出しの時期を早めることができたら、次のステップにつながりやすくなりますね。そのリニューアルされた社台ファームの坂路コースについても詳しく教えてください。


吉田 昨年末に完成した坂路は、地盤を4m深く掘り、傾斜を3.5%(栗東の坂路と同じ勾配)まで上げました。坂路を改修する前は、電車の線路と坂路が平行に走るような形だったので、電車と併せ馬をしている感じでした(笑)。今は線路よりも上に坂路があります。坂路は全長が1000mで、3.5%の勾配部分が500mの長さです。時計は4ハロンを取れるようになっていますね。また、ダートはやめてウッドチップに一本化しました。

リニューアルされた直線坂路のゴール付近から
間近で見ると勾配とスケール感に圧倒される
写真左手側の木々の向こうには線路が走っている


― これほどの大改革に踏み切ったきっかけや理由は何でしょうか?


吉田 最近、調子の良い牧場、たとえばノーザンファームさんや三嶋牧場さん、ダーレーさんなどは、その牧場で生まれた(生産した)馬だけが強いわけではなく、外から買ってきた馬でも走らせていますよね。つまり、1歳までの育ち方も重要ですが、最終的に調教でその馬の持っているポテンシャルを引き出すことが十分に可能だということです。ということは、調教をおろそかにしては結果が出ない。ある程度、こちらで自信を持ってつくった馬を厩舎に預け、さらに磨き上げてもらった方が強い馬ができると考えたとき、やはり坂路を作り直して、馬を鍛えようと思ったのが原点です。


そしてもうひとつは、坂路での調教のしやすさです。私はこちら(牧場)にいるときは毎日、調教を観に行くのですが、(フラットな馬場を周回する)コース調教においては、乗り手が苦労しているのが手に取るように分かりました。周回コースでは、騎乗者の技術などによっても左右される部分があります。日々、そのような点を平準化しながら調教水準を高められるコースをと考えると、やはり坂路コースは最適ですし、理想的な馬場ができました。


― 坂路は誰が乗っても一定の水準で馬を走らせることができるということですね。


吉田その通りです。私も馬に乗っていた経験上分かるのですが、落馬をしてしまうときは、たいてい歩いているときか速足をしているときなのです。馬に余裕がある状況では、馬は悪さをしようとします。かといってスピードを出しすぎると、乗り手、そして馬の脚元に対する懸念が高まります。傾斜を上げることによって、馬は以前よりも坂路を登ることに一生懸命になりますし、悪さをすることが少なくなっています。坂路コース改修で人、馬ともに安全性が高まり、なおかつ十分な調教の負荷かけられるコースに生まれ変わりました。

離れたところから見ると勾配の程がよく分かる
土台側面は現在芝の植え付け工事中

負荷を高めたら乳酸値が変わった

― ゆっくりのスピードかつ馬に余裕がなくなるので安全な状況が坂路というのは、とても分かりやすいです。


吉田 馬という生き物は、人の手を渡っていきますよね。牧場から育成牧場に渡り、育成牧場からトレーニングセンター、そして調教師さんや騎手の手に最後は渡ります。ですから、「この馬は俺が乗ったら走るのだ」と言われても、それではだめなのです。全部の馬がそうは行かないのですが、誰が乗っても走る馬をつくることが、生産牧場のレベルの底上げをすると信じています。


― 勾配を上げたことによる効果はどうでしょうか。


吉田 獣医師さんが乳酸値を計ってくれていますが、間違いなく負荷は掛かっていますね。乳酸は身体の疲労した部分を手助けしてエネルギーにしようと出てくる物質であり、短距離馬はより出やすく、テンションが上がったときにも出やすく、筋肉が疲労したときにも出やすい。調教をやってもやっても乳酸値が上がらない馬がいたとしたら、もしかすると非常に能力が高いか長距離馬の可能性が大です。そのあたりの馬の適性や血統、性格も考慮しながら、どれだけ負荷が掛かっているかを見極めていきます。やりすぎには注意しながら、その馬の体調や状態に応じて、トレッドミルなども併用して調教しています。


また、肉体面だけではなく、メンタル面も鍛えなければならないと考えて工夫しています。ちょっとしたことで驚いたり、バタバタしないように、調教に行く前に横木をわざと跨がせたり、ブルーシートの上を歩かせたりしています。最初の頃は、ブルーシートを大きく避けるようにして通る馬もいましたが、てきめんに効果が出る馬も確かにいますよ。僅かなことでは動じない馬になってもらいたいと願っています。

馬場前にさりげなく置いてある様々な障害物
メンタル面を養う工夫の一つだ

坂路に屋根は必要?

― 生産から育成、調教までのクオリティを一貫して高めていくための、新設の坂路コースや様々な工夫ということですね。


吉田 もちろん、今回の改修で全てが完璧になったということではなく、馬場にしてもこのままウッドチップでいいのか、全天候型のオールウェザーにするべきなのか、もっと違うものがあるのかなど、試行錯誤しながら改善していきたいと思います。

「坂路に屋根はかけないのか?」とよく聞かれますが、「屋根をかけても、馬の脚が速くなるわけではありません」といつも答えています(笑)。

馬場をきっちり保全して、脚元への負荷の状態を一定にしておけば、屋根がかかっていようがいまいが馬にとっては全く問題ありません。屋根は人が乗りやすいかどうかだけですので、必要だと思えば今後かけるかもしれませんが。

屋根がなく内側は芝が広がる開放感が新鮮な坂路
人は大変かもしれないが馬は丘を駈けるように気持ちよく走れそうだ


(次回に続きます)
著者
治郎丸敬之
新しい競馬の雑誌「ROUNDERS」編集長。週刊Gallopにてコラムを連載中。競馬ブログ「ガラスの競馬場」を主宰。当コラムの書籍も発売中
馬体の見かた講座
70.馬体のメリハリ、目、顔つき 69.毛艶の良さから分かること 68.2019年社台サラブレッドクラブ推奨1歳馬を見てきました 67.なぜ社台ファームは坂路を「つくり直した」のか 66.[新種牡馬]ミッキーアイル&エピファネイア・キズナ・リアルインパクト 65.[新種牡馬]モーリス産駒の傾向と対策 64.[新種牡馬]ドゥラメンテ産駒の傾向と対策 63.新種牡馬の産駒を見る上で大切にすべきこと 62.【種牡馬別】キンシャサノキセキ産駒編 61.馬体のバランスを実例から見る 60.馬の動きを「メトロノーム」のイメージで見る 59.現役馬と1歳馬の違い、牡馬と牝馬の違い 58.「背中が良い」とはどんな馬? 57.素質以外に重要な要素 56.ゲートの出方は天性のもの? 55.胴体から距離適性を見分ける 54.セリ上場馬とクラブ募集馬の違い 53.【種牡馬別】ロードカナロア産駒編 52.【種牡馬別】オルフェーヴル産駒編 51.下村獣医師に聞く6[丈夫な馬体とは] 50.下村獣医師に聞く5[気性の見分け方] 49.梁川正普氏インタビュー【後編】 48.梁川正普氏インタビュー【前編】 47.秋田博章氏インタビュー【後編】 46.秋田博章氏インタビュー【中編】 45.秋田博章氏インタビュー【前編】 44.下村獣医師に聞く4[脚元の健康] 43.下村獣医師に聞く3[ノドの病気] 42.下村獣医師に聞く2[疲れやすい馬体とは] 41.下村獣医師(社台F)に聞く1[OCDと骨瘤] 40.【応用理論】2)馬体評価プロセスの体系化 39.【応用理論】1)より実践的な馬体の見かたへ 38.【種牡馬別】シンボリクリスエス産駒編 37.【種牡馬別】ブラックタイド産駒編 36.【種牡馬別】クロフネ産駒編 35.【種牡馬別】ゴールドアリュール産駒編 34.【種牡馬別】ハービンジャー産駒編 33.ハリー・スウィーニ氏インタビュー【後編】 32.ハリー・スウィーニ氏インタビュー【中編】 31.ハリー・スウィーニ氏インタビュー【前編】 30.【種牡馬別】ネオユニヴァース産駒編 29.【種牡馬別】ダイワメジャー産駒編 28.【種牡馬別】ハーツクライ産駒編 27.【種牡馬別】キングカメハメハ産駒編 26.【種牡馬別】ディープインパクト産駒編 25.岡田牧雄氏インタビュー【後編】 24.岡田牧雄氏インタビュー【中編】 23.岡田牧雄氏インタビュー【前編】 22.基礎編を振り返って 21.「歩様」は前から見ると分かりやすい 20.「歩様」を見る際の4つのポイント 19.歩き方の種類と「歩様」の基礎 18.「内向・外向」、「後肢」の肢勢 17.馬の肢勢~「前肢」の注意点 16.「飛節」を見るポイント 15.「後ろ脚の筋肉」の見かた 14.馬の生命線となる「蹄」 13.脚下のパーツ「球節」「繋」 12.前脚のパーツ「前腕」「膝」「管」 11.肺と心臓をあらわす「胸」 10.「尻」と「尻尾」の見かた 9.「背中」の見かたと「腹」との関係 8.「首」「き甲」「肩」を見る時のポイント 7.心を映し出す「目」と「耳」 6.理想的な「頭部」とは? 5.さまざまなプロポーションの見方 4.馬体のプロポーションから分かること 3.父に似ていることには意味がある 2.美点を見るか欠点を見るか 1.はじめに
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